2007年09月26日
プエルトリコについて記述します
カリブ海北東に位置する米国の自治的・未編入領域であり、コモンウェルスという政治的地位にある。プエルトリコ本島、ビエケス島、クレブラ島、ドミニカ共和国との間のモナ海峡にあるモナ島などから構成される。
カリブ海周辺の島々で生活していたタイノ・インディアンが先住民族であるが、1493年のクリストファー・コロンブスによる到着以来、スペインやアメリカを始めとする西洋人によって開発が続けられ現在に至る。当初、プエルトリコ島は「聖ヨハネ(サン・フアン)島」と呼ばれサンフアン市街を「豊かな港(プエルト・リコ、プエルトが港(英語のPort)、リコは豊かな(英語のRich)、という意味)」と呼ばれていたが、いつのまにか入れ替わってしまい、今の呼称になっている。1508年スペインから総監としてやって来たフアン・ポンセ・デ・レオンによる、プエルトリコへの本格的な入植がはじまり、ポンセは「サン・フアン・プエルト・リコ」と呼んだ。最初の入植地はサンフアン港の近くにあるカパラに造られたが、1521年にオールド・サンフアンに移された。同時に、エル・モロ要塞の建設も開始された。1655年から1670年の間はイギリスの領土となっていたが、一貫してスペインの植民地だった[要出典]。1898年の米西戦争終結のパリ条約によりアメリカ合衆国の保護領になった。1917年に島民はアメリカ国民としての市民権を得て、1952年にはアメリカのコモンウェルスとして内政自治権も獲得した。1998年にアメリカ合衆国の51番目の州昇格を巡る住民投票が行われたが否決された。
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